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2010年01月31日
「占いの探求」―その3-
上述の知識があって初めて まともな質問が出来る。
そうでない人の質問は愚問に近い。
封建的な職業に通じることだが落語家、トコヤなどの業界では今でも年期を経ない者には直接に教えないようだ。親方を見て盗めとする。
私の場合、1本の木とは「山崎求易式風水方位カレンダー」である。
これを学びのメインテキストにしている。
このカレンダーには核心の部分が相応に含んでいて、これだけで占いが出来る。
私の秘伝をこのカレンダーを基に伝授するのである。
2010年01月30日
「占いの探求」―その2-
書いている本人自体が分かっていない書き方をしている。
他人の言ったことを受け売りしているに過ぎないからだ。
こんな不統一なことを詳しくやっていたら日が暮れてしまう。
ムダな作業と言える。
結局はこの「余計なこと」だけで草臥れて、大方の人は真髄に至る前に終わってしまうようだ。
このパターンではなくその逆のこと、木を見て森を見る形式にする。
ずばり核心から入ることにすればよい。
「1本の木を見て、それに疑問を持つ」と言うやり方でゆっくりと進めることだ。
その間、派生事項を追及できるので、かなりの知識を得る。
他人の言ったことを受け売りしているに過ぎないからだ。
こんな不統一なことを詳しくやっていたら日が暮れてしまう。
ムダな作業と言える。
結局はこの「余計なこと」だけで草臥れて、大方の人は真髄に至る前に終わってしまうようだ。
このパターンではなくその逆のこと、木を見て森を見る形式にする。
ずばり核心から入ることにすればよい。
「1本の木を見て、それに疑問を持つ」と言うやり方でゆっくりと進めることだ。
その間、派生事項を追及できるので、かなりの知識を得る。
2010年01月09日
占いについての印象と批判-1-
何となくいやだ。うさんくさいことが多すぎる。ムードが良くない。
胡散臭い人・・・霊媒、デタラメ女、でたらめ老人・・・・・
勉強しない、文章が書けない、宗教に似ているのに他の宗教を知らない奴がやっている。
一方的。おどかすことに長けていて ろくなことを言わない。
(しかし占ってもらう人はおどかされて 何故か喜ぶらしい)
自費出版書を刊行して出鱈目な珍説を並べ立てる。
胡散臭い人・・・霊媒、デタラメ女、でたらめ老人・・・・・
勉強しない、文章が書けない、宗教に似ているのに他の宗教を知らない奴がやっている。
一方的。おどかすことに長けていて ろくなことを言わない。
(しかし占ってもらう人はおどかされて 何故か喜ぶらしい)
自費出版書を刊行して出鱈目な珍説を並べ立てる。
2009年11月16日
「祐気取りのお勧め」-その1-
吉方に行くことを「祐気取り」(ゆうきとり)といいますが、詳しくは私のHP
(http://homepage2.nifty.com/motoi-s/)講座NO11、NO12をお読み下さい。
意義、効果、遣り方が2回に亘って説明されていますのでよくお調べください。
「祐気取り」の知識は今後の貴方様の合理的な生き方のために、この際身につけておかれた方が有意義且つお徳な知識です。
運の良い人というのは意識するしないにかかわらず自然に良いところに動き、逆に運の悪い人はどういう訳か自然に良くないところに動くようですが「祐気取り」とは意識して吉方現場へ足を運ぶこと(積極的な開運行動)をいいます。
「祐気取り」つまり意識的な動きをすると、無意識に偶然にそうなるという運のいい人が受けるよりはもっと強烈な報徳があります。
何故なら幸運はそれを望む者、意図する者がより強く享受することができる性質のものだからです。
2009年11月14日
道路付けと土地購入の話―その4-土地の購入時に伴う悩み
土地の購入は人生で最も高価な買い物にあたりますのでだれもが「これを決めてしまって良いものか」など漠然とした不安を持つものです。
そこで親・兄弟・知人など色々な人の意見を聞いてみたくなるものです。
そういう時の第三者は往々にして当該の問題をまとめようとすることよりも、むしろ「腐すこと」に傾きがちです。
そのほうがあたかも相談者の味方に立つことになるものと勘違いしがちなのです。
しかも物件のこと以外のマイナス思考を新たに取り上げ、これらを波及させアレコレと不安の炎に油を注ぐ言動さえします。
本人は自分で決断するという思い責任から何とかして逃げたい、誰かに転嫁したいと思っている矢先であり、逃げるに格好の理由を補強してくれるものだからつい、逃げるべきと確信して「ヤメタ」と結論してしまいます。
これでは永久に土地の買い付けはできません。
上記のケースを私は何度も見聞しています。
購入を決断すべき本人よりもその立場に無い第三者が妙に元気づいてアーでもないコーでもないと無責任に本末転倒するケースが実に多いのです。
とにかく「否定すること、腐すこと」が自己の豊富な経験、知的能力の証明であるかのような考え方は大きな誤りだというべきです。
両親、そのほかの関係者が当該土地建物の全部又は一部の費用を支出するならとにかく、自分たちが100%支払うというのならこの購入の決断は自らが心を強く持って行うべきことです。
すべての関係者の「気に入った」物件など絶対に無いからです。
長いこと物件探しをし、その知識と経験を踏まえて夫婦そろって「気に入った土地」と判断したのなら「これ以上の物件は無い」と考え迷うことなく直ちに当該土地の買い付けを断行することです。
2009年11月12日
道路付けと土地購入の話―その3-道路が南側にある場合の土地
この場合も11/6に述べたやりかたで敷地配分をすれば万全ですし、南側に他人の建物が建っても道路を隔てることになりますので道路幅だけの距離ができますから採光の面ではきわめて有利です。
しかし開口部を南側である道路側に設けることになりますのでその分、人が出入りするたびに丸見えになり敷地が狭い場合には特にプライバシーを保つには苦慮することになります。
また春から夏にかけては誰もが家を充分に開きたくなる季節ですし、この時期は東又は南から風が吹きますので南側に道路があると砂埃、排気ガス、騒音んどの公害を受けることになり、この点では不利です。
南に空き地がある土地は風通しが良く日光が充分に当たり南に開口部を広く多く設けてもプライバシーを保持でき、結局は精神的にも肉体的にも健康な生活ができる最良の土地といえます。
但し安心はできません(良くない現実の例として:私のHP (http://homepage2.nifty.com/motoi-s/)裏話NO10参照。)
しかし開口部を南側である道路側に設けることになりますのでその分、人が出入りするたびに丸見えになり敷地が狭い場合には特にプライバシーを保つには苦慮することになります。
また春から夏にかけては誰もが家を充分に開きたくなる季節ですし、この時期は東又は南から風が吹きますので南側に道路があると砂埃、排気ガス、騒音んどの公害を受けることになり、この点では不利です。
南に空き地がある土地は風通しが良く日光が充分に当たり南に開口部を広く多く設けてもプライバシーを保持でき、結局は精神的にも肉体的にも健康な生活ができる最良の土地といえます。
但し安心はできません(良くない現実の例として:私のHP (http://homepage2.nifty.com/motoi-s/)裏話NO10参照。)
2009年11月10日
道路付けと土地購入の話―その2-道路が北側にある場合の土地
「北側の1面だけが道路になっている土地は凶相です」と言い切っている人が居ます。
理由は「よほど広い敷地でない限り門、玄関が北、東北、西北になってしまうから」というものです。
はたしてそうでしょうか?
運が強くなるには門と玄関が吉相でなければならず、家庭に入る最初の入口が幸運を呼び込む構えでなければ幸せは入って来ないという考え方によるものです。
しかし敷地の北西寄りに建物を建てれば南、東南、東が広く空くことになり陽気を取り込むには充分になります。
門を北に造ったとしても門と玄関を一直線にしないように工夫して設計すれば
北風が直接玄関に吹き込んでくるのを妨げることができますので凶だという理由を否定することができます。
北側、西輪には小さな窓を、南側、東側の両面を大きく且つ多く開口し、できるだけ日光が入るように設計することが可能であり、プライバシーも守りやすく、その点では有効利用できるという長所があります。
2009年11月07日
道路付けと土地購入の話ーその1-
道路付けを考慮しないで家を建てると色々な不都合が生じます。
建築基準法43条は建築物の敷地は道路に2メートル以上接するようにしなければならないと規定しています。
この法律は主に避難防止上、支障の無いことを目的としたものです。
道路は家をつなぐものであり、多くの場合、家は道路に向かって建てられますので道路の形、道路と敷地との位置関係によって家の向きが変わることのもなり、道路が家相に及ぼす影響はかなり大きいと言えます。
但し家相はそもそも一握りの豊かな土地所有者を念頭に発生発展したものですから現代の住宅事情の基では、ある程度柔軟性を持って対処する必要があります。
以下「道路が北側にある場合の土地と南側との差異及び土地の購入時に伴う悩みについて」を3回に分けて解説します。(次回は道路が北側にある土地について)です。
2009年11月05日
最近の占い事情
占いの依頼者は実に様々な悩みを持ち込みます。
その項目数たるや正に無尽蔵と言えます。
悩みの中には自分の生きる目標を何処におくか、自己実現をどうするか、子の学力低下、登校拒否、成績不振など 占いに関係がないとも言えませんが、人生相談の類があります。
最近はこれが実に多くなりました。
両親が偏差値重視という価値観の偏ったムードにどっぷりと浸っていた為か、詰め込み式、受身の教育システムの中で育ってきた為でしょうか。
それらの子、又は親本人が来訪します。
高学歴にもかかわらず自分の進むべき方向さえ特定できない人、判断力が欠如しているとしか言いようのないもったいない人が誰にも話せない心の悩みを熱心に打ち明けます。
何らかの信仰をしている人でも自分の立場がどこにあるのかを知りたくて来訪し、自己の運勢や現在置を私に確かめて安心して帰る人もいます。
宗教は心の内側から人を支えてくれる存在であるはずですが、上述のような現実に遭遇すると占い師も存在意義が充分にあるのだとつくづく考えます。
運としか思えない事態に直面したことが かつてない人は論外として、これを経験した人であれば自分の意思ではどうにもできない「見えない力」が何か働いているのではないかと感ずることでしょう。
「見えない力」の存在を認めるか否定するかは個人の判断です。
しかし未知の領域に対する恐れ、迷いを持ったとき又、いい事も良くないことも起こりうるがどっちが起るか判らないときで、「オレには何ら動かせるすべがない」と解かったとき、つまり右か左か決めかねているときに占いの出番が来るのです。
2009年11月03日
暦の簡単な知識
我が国の暦は1874年1月1日を境にして、それ以前を旧暦、それ以後を新暦と呼称して現在に至っています。
本年(2009年)で135年も経っているのに「新」と呼ぶのは奇妙ですが、現在でも新暦と称しています。
新暦とは太陽暦のことであり旧暦とは太陰太陽暦のことをいいます。
運勢暦にはこの両方が同居していますのでややこしいことが起こります。
占いではこれらに加えて季節暦を用いて月を決めます。
二十四節気の節からの干支によって日取りを決めるのです(節切り型の選日法)。
つまり節入(二十四節気の正節)を基準として日取りを決め、月は節入から次の節入の前日までを1ヶ月とし、年は2月の節入(立春)から次の年の立春の前日(節分)までを1ヶ年とします。
気学占いに当たって 専門家と自称する人でもよく間違えるのが、1月1日から1月4日迄に生れた人と1月5日から2月3日迄に生れた人との区別(年命、月命の特定)です。
新暦1月1日から2月3日迄の期間は新旧両者の暦の違いが著しいのでこの期間は誰もがコンガラカルのですが、これが区別できないのではは正しい占いはできません。
来年平成22年の立春は新暦2月4日ですから 季節暦の上での新年(庚寅八白の年)は、この日から始まります。
この日は庚寅八白の年の正月(つまり戊寅二黒の月)の始まりでもあります。
2月4日から新年(庚寅八白の年)新月(戊寅二黒の月)がスタートすることになるのです。
言い換えればその前日つまり新暦H22年2月3日は季節暦では己丑九紫の年の大晦日であり、同時に丁丑三碧の月の晦日にあたります。
平成22年1月の節入は1月5日ですので、この日から季節暦(丁丑三碧の月)が始まり2月3日まで続きます。
新暦1月5日から2月3日迄は季節暦の上では前年(己丑九紫の年)の師走(つまり丁丑三碧の月)にあたります。
1月1日から4日までは従って季節暦の上では前年である己丑九紫の年(新暦平成21年)(H21・12・7-から始まり22・1・4で終わる)であり前月の丙子四緑の月にあたります。
本年(2009年)で135年も経っているのに「新」と呼ぶのは奇妙ですが、現在でも新暦と称しています。
新暦とは太陽暦のことであり旧暦とは太陰太陽暦のことをいいます。
運勢暦にはこの両方が同居していますのでややこしいことが起こります。
占いではこれらに加えて季節暦を用いて月を決めます。
二十四節気の節からの干支によって日取りを決めるのです(節切り型の選日法)。
つまり節入(二十四節気の正節)を基準として日取りを決め、月は節入から次の節入の前日までを1ヶ月とし、年は2月の節入(立春)から次の年の立春の前日(節分)までを1ヶ年とします。
気学占いに当たって 専門家と自称する人でもよく間違えるのが、1月1日から1月4日迄に生れた人と1月5日から2月3日迄に生れた人との区別(年命、月命の特定)です。
新暦1月1日から2月3日迄の期間は新旧両者の暦の違いが著しいのでこの期間は誰もがコンガラカルのですが、これが区別できないのではは正しい占いはできません。
来年平成22年の立春は新暦2月4日ですから 季節暦の上での新年(庚寅八白の年)は、この日から始まります。
この日は庚寅八白の年の正月(つまり戊寅二黒の月)の始まりでもあります。
2月4日から新年(庚寅八白の年)新月(戊寅二黒の月)がスタートすることになるのです。
言い換えればその前日つまり新暦H22年2月3日は季節暦では己丑九紫の年の大晦日であり、同時に丁丑三碧の月の晦日にあたります。
平成22年1月の節入は1月5日ですので、この日から季節暦(丁丑三碧の月)が始まり2月3日まで続きます。
新暦1月5日から2月3日迄は季節暦の上では前年(己丑九紫の年)の師走(つまり丁丑三碧の月)にあたります。
1月1日から4日までは従って季節暦の上では前年である己丑九紫の年(新暦平成21年)(H21・12・7-から始まり22・1・4で終わる)であり前月の丙子四緑の月にあたります。
2009年11月02日
吉方位旅行の行き先
吉方位旅行(祐気取りの一方法)をするときは目指す方角の範囲内に行くことが大切です。
間違った所(範囲外)に行かないように注意を要します。
吉方だと思い込んで間違ったところ(場合によっては凶方)に行ってしまう場合も無いとは限りませんので自分の「方位図」を前もって作成しておくことをお勧めします。
目指す方角のド真ん中に行ければ、それに越したことはありません。
しかし、だからといって「真ん中に行くこと」に拘泥する必要は全くありません。
解説者によっては「祐気取りの効果は行って来た距離に比例する」とか「基点から・・・キロ以上行かなければならない」等と まことしやかに説いている人が多いようですが、こだわる必要はありません。(そういうことは条件でも必要事項でもありません。)
角度は基点から末広がりになっていますから、基点から離れるほど つまり遠くへ行くほど角度内に確実に移動できるという意味はあります。
このことは効き目の問題とは関係がありません。
基点から近くの場所でも吉方の角度内であることが確かであるならば祐気取りの効果は変わりません。
ただ遠くに行くのには、それだけ準備も労力も要しますから苦労しただけ、又正確に行き着こうと張り切っただけ 祐気取りに掛ける強い意志が発現しますから 簡単にまたは短距離で済まそうとする移動よりは、ズットご利益を自ら感じ取ることができます。
原理はしかし、上述のとおりです。
祐気取りは気軽に、楽しく、明るく実行するものなのです。
方角図の作成法は私のHPの「占いの裏話NO 7」を見てください。 私のホームページは
( http://homepage2.nifty.com/motoi-s/ )です。
なお、作成が面倒だと思われる方、作りかけてから、それが正確か否か不安に思われる方はご連絡ください。メールYiu61861@nifty.com
2009年10月30日
鬼門について
鬼門つまり東北(北北東、東北東)の方角は各々9通り計18通りもの方位に分けられますから、東北が常に固定的に凶方(東北はいつも凶方)と言うのは正しくありません。
東北の方角にも、他の方角と同様、九星の遁甲があって方位となり、その方位が吉方になる時もあれば凶方になるとき時もあり、吉凶それぞれ存在するからです。
しかも、吉方、凶方は各人(九星、本命星)の祐気、剋気によって決まりますので、東北(通称、鬼門)の吉または凶が、誰もが一斉に、同じときに該当することになるのでもありません。
人によって 又は年月日時刻によって 吉兆、凶兆に変化し、吉方にも凶方にもなりうるのです。
全方角がいつも吉または凶に変わります。
この事は、西南(通称、裏鬼門)も全く同様です。
詳しくはHP(http://homepage2.nifty.com/motoi-s/)講座NO4参照してください。
ですから、「西側のカーテンを黄色にしておけば、今年は金がはいりますよ・・・・・・」 「東北には、皆さんのためにわたしが作ったラッキーグッズを置くと運気の流れが変わって・・・・・・」
「裏鬼門には・・・・この除けグッズを備えて・・・・」 などという全くのデタラメを、テレビや雑誌に時々出て、調子よくわめいている 変な有名人を時々見かけますが、
上述の原理を知ってて言うのなら奴等は詐欺、知らないでやってるのなら
「オッチャンちゃん、カラダだけはデージにして、ナゲーギ シテクンナイ」。
年末年始が近づくと(11月中旬頃から)毎年、こういう輩、この類の宣伝が日本中に蔓延します。
信じる人は無駄な浪費をしてもハッピーなのでしょうから かまいませんが、疑いの目が少しでもある人は、この類のペテン、いかさまには引っからないように注意しましょう。
東北の方角にも、他の方角と同様、九星の遁甲があって方位となり、その方位が吉方になる時もあれば凶方になるとき時もあり、吉凶それぞれ存在するからです。
しかも、吉方、凶方は各人(九星、本命星)の祐気、剋気によって決まりますので、東北(通称、鬼門)の吉または凶が、誰もが一斉に、同じときに該当することになるのでもありません。
人によって 又は年月日時刻によって 吉兆、凶兆に変化し、吉方にも凶方にもなりうるのです。
全方角がいつも吉または凶に変わります。
この事は、西南(通称、裏鬼門)も全く同様です。
詳しくはHP(http://homepage2.nifty.com/motoi-s/)講座NO4参照してください。
ですから、「西側のカーテンを黄色にしておけば、今年は金がはいりますよ・・・・・・」 「東北には、皆さんのためにわたしが作ったラッキーグッズを置くと運気の流れが変わって・・・・・・」
「裏鬼門には・・・・この除けグッズを備えて・・・・」 などという全くのデタラメを、テレビや雑誌に時々出て、調子よくわめいている 変な有名人を時々見かけますが、
上述の原理を知ってて言うのなら奴等は詐欺、知らないでやってるのなら
「オッチャンちゃん、カラダだけはデージにして、ナゲーギ シテクンナイ」。
年末年始が近づくと(11月中旬頃から)毎年、こういう輩、この類の宣伝が日本中に蔓延します。
信じる人は無駄な浪費をしてもハッピーなのでしょうから かまいませんが、疑いの目が少しでもある人は、この類のペテン、いかさまには引っからないように注意しましょう。
2009年10月29日
なぜ九なのかーその2-
九星気学では、運勢、性格、方位その他の判断を生年を9つに分けてしか占えないのか。
「実はそうではない」とは10/22のブログで すでに概説した通りである。。
小中学校の同じクラスの全員が同じ運勢、同じ性格ではないのは当たり前である。
求易式A式運勢分類法(通称A式)は次のようにする。
生まれ年を9つにわける。
その9つの星を十二支の陽陰で更にわける。
そのようにして分けた年命たる九星を更に生れ月(12ヶ月)に分ける。
そして更にこれを日命(生まれ日の本命)によって9つにわける。
そうすると人を合計1944通り(9x2x12x9)に分けることが出来ることになる。
つまり、同じクラスの全員が同じ結果にはならないのである。
それでも全国規模では1994通りの内の1通りにつき65617人(男31970人、女33647人)の該当者がいる勘定になる。(人口について下記)
(尚、私がこの1944通りだけを用いて占っている訳ではないのは勿論である。
ただ1944通りの全部(膨大な量)をいちいち毎年または毎月表示することは到底できない。
しかも、公開する紙面はおおむね1-2ページに限られるのが常である。
そこで一般に公開できるのは9通りという羽目になる。
これが昔から現在まで続いているのである。
詳しく知りたければ個人鑑定の依頼を受けて対面でじっくり話しをする以外にない。
メールアドレス yiu61861@nifty.com
因みに、星占い(西洋占星術)の運勢、性格判断は生まれ年によって分けるのではなく、主として生れ月によって分けるので同じクラスでも12に別れることになり、これが人気のもとらしい。
しかし次の数字を見て欲しい。
日本の人口は現在1億2756万人(男6215万人。女6541万人)である(平成21年度10月1日現在の全国男女別概算人口(総務省統計局))。
これを9で割ると14.173.333(約1417万)人であり、12で割ると10.630.000(約1063万)人となる。
「九星学により」同じ生まれ年の人1417万人が同じ運命を歩く・・・・・と言うのと、「星占いにより」同じ生まれ月の人1063万人が同じ運命を歩く・・・・・と言うのとで大騒ぎするほどの差があるとは言えないのではありませんか。
勿論、この両分類法と上述の求易A式の65617人とは雲泥の差になる。
ここまで計算しないで安易に飛びつくところが一般庶民の面白いところでもある。
要するに九または十二を更に細分すること且つ1種類だけではなく別な角度からも細分して数種の結果を比較することが肝腎なのであり、しかもなるべく主観が入らない方法を考案するとなど混み入った手段をとらぬ限り、九つであろうが十二であろうが、大きな開きは出ないのである。
「実はそうではない」とは10/22のブログで すでに概説した通りである。。
小中学校の同じクラスの全員が同じ運勢、同じ性格ではないのは当たり前である。
求易式A式運勢分類法(通称A式)は次のようにする。
生まれ年を9つにわける。
その9つの星を十二支の陽陰で更にわける。
そのようにして分けた年命たる九星を更に生れ月(12ヶ月)に分ける。
そして更にこれを日命(生まれ日の本命)によって9つにわける。
そうすると人を合計1944通り(9x2x12x9)に分けることが出来ることになる。
つまり、同じクラスの全員が同じ結果にはならないのである。
それでも全国規模では1994通りの内の1通りにつき65617人(男31970人、女33647人)の該当者がいる勘定になる。(人口について下記)
(尚、私がこの1944通りだけを用いて占っている訳ではないのは勿論である。
ただ1944通りの全部(膨大な量)をいちいち毎年または毎月表示することは到底できない。
しかも、公開する紙面はおおむね1-2ページに限られるのが常である。
そこで一般に公開できるのは9通りという羽目になる。
これが昔から現在まで続いているのである。
詳しく知りたければ個人鑑定の依頼を受けて対面でじっくり話しをする以外にない。
メールアドレス yiu61861@nifty.com
因みに、星占い(西洋占星術)の運勢、性格判断は生まれ年によって分けるのではなく、主として生れ月によって分けるので同じクラスでも12に別れることになり、これが人気のもとらしい。
しかし次の数字を見て欲しい。
日本の人口は現在1億2756万人(男6215万人。女6541万人)である(平成21年度10月1日現在の全国男女別概算人口(総務省統計局))。
これを9で割ると14.173.333(約1417万)人であり、12で割ると10.630.000(約1063万)人となる。
「九星学により」同じ生まれ年の人1417万人が同じ運命を歩く・・・・・と言うのと、「星占いにより」同じ生まれ月の人1063万人が同じ運命を歩く・・・・・と言うのとで大騒ぎするほどの差があるとは言えないのではありませんか。
勿論、この両分類法と上述の求易A式の65617人とは雲泥の差になる。
ここまで計算しないで安易に飛びつくところが一般庶民の面白いところでもある。
要するに九または十二を更に細分すること且つ1種類だけではなく別な角度からも細分して数種の結果を比較することが肝腎なのであり、しかもなるべく主観が入らない方法を考案するとなど混み入った手段をとらぬ限り、九つであろうが十二であろうが、大きな開きは出ないのである。
2009年10月28日
子供の方位について
当HPの「今月のあなた幸運」の「幸運を招く吉方位」に「6歳未満の幼児がいる人は・・・」と出る事があります。
今回はその解説をします。
子供のうち小学校入学前(6才以下)の幼児を持つ人の行動には禁忌すべき制約が在るということです(業界用語で「小児殺」といいます)。
一定の月に、一定の方位を用いると、用いた本人にとっては吉方でも、彼(彼女)と同居している6才以下の幼児にだけは、良くない強作用が(特に健康状態に)働くという方角が存在するからです。
複雑な理屈があるのですが、木火土金水のうちの土の作用による災禍を根拠にしています。
これを「子供だけの凶方位で、大人が用いても全然影響が無い」と解説している人が多いのですが、方位の適用対象は大人ですから大人が用いた場合にその人と同居する6才以下の幼児に直接悪い影響があり、間接的には大人も悪影響を被ることになる・・・・というのが正しい解釈です。
影響の対象年齢についても4、6、7、8、9、10、12才以下等、しかも年齢の数え方が満、数えと分かれる等、諸説紛々です。
しかし、幼児とは満1才から小学校に就学するまで(満6才まで)の者を言う(児童福祉法第4条Ⅰ項)のですから、法律も無かった頃の言い伝えに拘泥せず、これを改新し現在では「6才以下」とすべきであり、私は6歳以下を対象としております。
方位を特定する時、その主体とする星についても混乱が見られます。「男女満7才までを小児といい、生日の星の活動期であり・・・」とか、「満7才以上20才に達するまでは月命星に主体性を置いて・・・」などと4段階に区別して解く人がいます。
巷ではアレコレと分けますが、いずれもその理由は誠にあいまいで且つ一貫性がありません。
主体になるのは「老若男女を問わず本命星(年の本命、月の本命、日の本命)である」のが当たり前です。
ただし、国民として通用できる国語力と、銭勘定が身に付くまでの期間つまり誰かに保護されていなければ生きられない期間中の子供の方位は被保護者の本命星によって決まるのです。(従って占いでは扶養される期間中の子供には方位はありません。)、
小児殺の在りかは、①年盤上の中宮十二支と月盤上の九星の廻り合わせで特定すると説明する人と、②年盤上の中宮十二支を陽支と陰支に分け、これと月盤上の十二支との廻り合わせで特定すると説明する人がいます。
しかし、特に分ける必要はなく、①②を兼ねるのが正しい解釈です。結果として年盤で陽支中宮の年は月盤で8、2の九星気が回座する方角であり、年盤で陰支中宮の年は月盤で9、3、6の九星気が回座する方角となります。
小児殺を「凶方」と称し、これを運勢の話に絡めて混乱した解説している人もいます。(ここで言っている「凶方」とはマチガイで「凶殺」が正しい)
(なお、業界用語の「凶方」と「凶殺」との違いについては私のHP(http://homepage2.nifty.com/motoi-s/)「講座NO7-ⅤーⅨ」参照。)
このテーマは同会被同会鑑定法に関するもので、この鑑定法は単純には解せない内容になってますから混乱しているのでしょう。
年、月、日夫々の運勢を占う場合の同会対象の宮と同会する星(本命)との関係についての区別をはっきりと認識してないから混乱するのだと思われます。